日本の古典『枕草子』を学ぶ会。
『枕草子』(まくら の そうし)は、平安時代中期の女流作家、清少納言により執筆されたと伝わる随筆です。
『源氏物語』と並んで、中古文学(平安時代の文学)の双璧であり、その後の多くの著作に影響を与えました。
枕草子の別名としては「枕草紙」「枕冊子」「枕双紙」「春曙抄」などの表記があるほか、「清少納言記」と言われることもあります。
最古の写本は、鎌倉時代のもので”前田本”といわれます。
その前田本の蒔絵の箱には『清少納言枕草子』とあるそうです。
また、その見事な筆致から
鴨長明の『方丈記』
吉田兼好の『徒然草』と並んで
日本三大随筆と称されます。
最古の写本は、鎌倉時代のもので”前田本”といわれます。では、その前田本とはどのような内容だったのでしょうか?
1巻107話。2巻89話。3巻102話。4巻32話。5巻紛失? 類纂形態をとる。加賀国、前田家伝来本(前田育徳会蔵)があるのみ。金蒔絵の箱に入っており箱には金象嵌で『清少納言枕草子』とある。重要文化財である。鎌倉時代前期の書写で『枕草子』写本中最古のものとされる。
このうち、堺本系後光厳院本は『群書類従』に上下分冊(第27巻)、堺本の3種目は『新校群書類従』(第21巻)に収録。また、能因本は江戸初期(寛永年間)の古活字版に底本として利用されたため、『枕草子傍注』や『枕草子春曙抄』(北村季吟註)といった注釈書とセットになって近代まで伝本の主流を占めたが、池田亀鑑が「清少納言枕草子の異本に関する研究」と題する論文で流布本(能因本)に対する安貞二年奥書本(三巻本)の優位を初めて唱えてから、昭和21年(1946)になって、田中重太郎(1917-1987年)によって三巻本第2類本が再評価され、第二次大戦後はもっぱらその方が出版、教科書採用され読まれる状況となった。今では能因本の本文はかえって入手しにくい。
ほかに、詞書の文章に三巻本伝本を使用したと見られる、鎌倉時代後期成立の白描画の絵巻物『枕草子絵詞』も七段分が現存する。
枕草子の文章を味わって見ましょう。
春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、少しあかりて、紫だちたる雲の細く たなびきたる。
夏は夜。月のころはさらなり、やみもなほ。蛍の多く飛びちがひたる、また、ただ一 つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも をかし。雨など降るも をかし。
秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、からすの寝所へ行くとて、三 つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて、雁などの連ねたるが、いと小 さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあら ず。
冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらで も、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、 ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も白き灰がちになりてわろし。